幸せの塩漬け

男鹿半島は日本海に突き出した、北国で雪国の半島です。

海際なので、内陸と比べると積雪自体はたいしたことは無いですが、やはり冬場は田畑からも山からも収穫が無くなります。
海の恵みは健在ですが、荒れることも多く安定して獲るのは難しい。

現代はともかく、昔は冬の食料の安定確保に苦労してきたはず。

冬は新鮮な食糧が極端に減るのが北国、雪国のデフォルト。

冬の幸せ

じゃぁ、冬は飢えてつらい思いだけしてたかと言うと、ぜんぜんそんな事はないんです。
見方を変えれば、むしろ幸せだったとも言える。

なにしろ、夏のように懸命に農作業をする必要はなく。

軽く雪を寄せて、あとは家の中で笠を編んだり、手作業をして、春の準備をゆっくり進めていく。
夏の間に作っておいた薪をくべて囲炉裏を囲み。

その食卓の中で美味しく食べられていたのが「幸せの塩漬け」です。

幸せの塩漬け

食べ物が腐るのは細菌の活動のせいなので、細菌が活動、繁殖できない環境では、食べ物は腐りづらくなる。
その最もポピュラーな方法の一つが、塩分濃度の高い状態で保存する塩漬け。

男鹿半島に限らず、世界中でこの保存法は使われてますが、地理的に陸上交易に適さなかった男鹿半島では特に色濃く残ってます。

お湯で柔らかく煮た山菜などを、さらにアク抜きをして、それをたっぷりの塩でまぶして密封容器の中に漬け込む。
この手間をかけるだけで、夏に収穫した食材が、冬でも美味しくいただける。

もちろん、そのままだと塩分が高すぎるので、ちゃんと塩抜きをしますし、それを美味しくできるかどうかは料理する人の腕次第。
塩漬けを美味しく料理できる人は、それだけで尊敬されるんです。
その人のおかげで、食材の乏しい冬に、美味しい食卓を囲めるんですから。

つながっている季節

塩漬けと同様に、干したり、発酵させたりと、幸せな冬を迎えるために今でも様々な保存食を作る男鹿半島の食文化。

それらを調理するために燃やす薪も夏の間に準備しておいたもの。

そうやって夏と冬はつながってました。
季節は文化でつながっているんです。

貨幣経済が主流になり、冬でも遠くの産地で収穫した作物がスーパーに並ぶようになった現代ですが、保存食を元にした食文化は男鹿半島の中に確実に伝わってきています。

かつては生きていくためというシリアスな理由から行っていた塩漬け。
夏の間に十分な準備ができなかった冬には、きっと不幸な出来事もあったはず。

今はそうゆう時代ではなく、豊かな食文化を享受するという新しい役割を与えられています。

そうした変化を受け止め豊かに楽しむ文化こそ、豊かな土地なんだと思っています。